インタビュー 夢・希望・未来 ~想いのカタチ~

「盲学校のアイデア」と
「大学のものづくり」が生み出す絆

熊本大学
工学部技術部
電気応用グループ
グループ長 技術専門職員
須惠 耕二 様

プレゼントを渡しに行ったのに、
僕たちがプレゼントをもらったみたいな気持ちです

Q.全国の盲学校へ教材をプレゼントされているとのことですが、活動の経緯について教えてください。

日頃は学生実験の指導や学科の先生たちへの実験装置の開発などをしています。
7年ほど前に、工学部内で「学生のものづくり教育プロジェクト」がありました。我々が学生に「ものづくり」を教えようというものです。
丁度同じ時期に、大学内で技術職員の全国大会がありまして、当時、他大学で視覚障がい者の教材を個人的に開発されていた方が参加されておりました。彼が発表された内容を聞いて、非常に衝撃を受けました。日頃私たちの仕事というのは、学内で学生に向けての教育で、直接外に繋がっていく働きをするというのが、全然頭に無かったものですから。

技術系の職員は先生や生徒をサポートすることが「当たり前」と思っていたところに、「あ。そうか。別に外に出てもいいのか。自分から動いてもいいのか。」という感覚になったということですね。

そうですね。大学の外に対して直接的に関わりを持って活動されていることに衝撃を受けましたね。しかも、誰かのサポートを受けるわけでは無く、仕事の中で自分自身の研究テーマとして開発をやっているということがすごいなと。

我々はどちらかというと、立場的に先生たちの支援であったり、学生たちの指導であったり、サポートしていく仕事が多いものですから、自分から「独自」で外と関わりを持って動かれていることに、目から鱗といいますか。働き方という意味では衝撃だったといいますか…、驚きでしたね。

もちろん学生に教えるのが仕事ではありますけれども、発表を聞いてからは「このままでいいのかなぁ…」と、一月半ぐらいずっとあれこれ考えているうちに、段々と「何かした方がいい」というより「すべきだ」という想いがとても強くなりました。

しかし、熊本大学では教育学部も含めて視覚障がいの先生と繋がりがある方がいらっしゃらなくて、伝手が無かったんですね。仕方が無いので、腹をくくって、熊本盲学校さんへ飛び込みのお電話をしました。
「何をしていいのかわからないのですけれど、何かお手伝いさせてください」とお伝えしたのですが、当時の教頭先生は、今の言葉でいう「塩対応」ですね(笑) 当然、先方からしたら突然こんな電話が来たら怪しむのが普通なんですけどね…(笑)

電話した経緯をすべてお話したのですが、「こっち(須惠さん)の仕事にとっておいしい部分がある」というようなことを想像されたんだと思います。私としては決してそういうつもりではないことを正直にお伝えしたところ、教頭先生が「一度、盲学校に来てみませんか?知ってみて、考えてみてください。」とお話しくださったので、翌週にお邪魔させて頂きました。

当日は、全盲の先生含めて、4名の先生がご対応くださり、盲学校の教育について2時間かけてじっくりご教示くださいました。そしたら、益々何をやっていいいのかわからなくなっちゃったんです(苦笑)
大風呂敷広げたはいいけど、「うわぁ…!どうしよう!」というのが率直な感想でした(笑)

それを察した先生方が「まぁ、持ち帰ってゆっくり考えてみてください」と話してくださり、お暇しようとしたときに、同席されていた「教具コーディネーター」の先生に呼び止められ、「修理して欲しいものがあります」と言われました。

パソコンに繋いで点字のキーを打てば読み上げてくれるソフトでしたが、これを開発された先生が文科省に移られたことと、パソコンも古くなって破棄してしまった、とても役立っていたものなので修理して欲しいとのことでした。
実物を見たら、手作りのキーから電線が7本くらい出ているだけの部品だったんですね。一度、持ち帰らせてもらって、グループの若い人たちと一緒に話をして「みんなでやってみよう!」ということになりました。

そして、開発に入ってから一か月半後に試作品を持っていきました。
すると、ものすごく喜んでくださって「是非これを置いて行ってほしい」と言われたのですが、まだ試作段階だったため、「クリスマスまで待って頂けますか?そしたら、学生たちで作ったものをプレゼントにしてお届けしますから。」とお話させて頂きました。

その際に、いくつか先生方から提案や要望頂いた内容も加味して改良を施し、大学生に作らせてクリスマスにプレゼントしました。当時、熊本盲学校さんには目の見えない小学校一年生の子が3人同時に入学されていたので3台製作しました。

結果、大変喜んで頂けて、製作した教具には録音機能がついているのですが、その機能を使って盲学校の生徒さんが「ありがとう」と打ってくれまして。製作した大学生もその場にいたのですが、「プレゼントを渡しに行ったのに、僕たちがプレゼントをもらったみたいな気持ちです。」と言ってくれました。今回、修理依頼がきっかけとなりましたが、やってみてよかったなと思いました。

年明けに盲学校の先生から、「これを是非全国に紹介したいです。2月に奈良で研究会があるので持って行ってもいいですか?」とお問い合わせ頂きまして、僕たちも参加させて頂くことになり、その場紹介頂させてきました。

そこでアンケートを取ったのですが、60台くらい欲しいという結果になりまして、「うわぁ!これは大変だ!」ということになり、現在の活動が始まっていきました。

色んな壁が出てくるのですが、その度にどこからか
手を差し伸べくれる人が現れましたね。不思議なくらい。

ここまでくると、個人だけの活動では収拾がつかなくなりますよね。

はい。大学の中でも、どうやって仕組化するのかというところになりました。
最初は、私たち職員が空いている時間を使って製作し「販売」という形をとれないかという話もしていたのですが、大学として前例がないことなので、色々と難しい部分もありました。

その時に、最初の年のクリスマスに教材を持って行った学生が「須惠さん、今年もやりませんか?」と言ってくれて、「すごく良かったので、もしやるなら後輩たちも連れてきますよ。」と言って7,8人くらい連れてきてくれたんです。自然とプロジェクトチームができたことで最終的に落ち着いたのは、学生のモノづくりとして作った分を贈ろう。ということになりました。

面白いことに大学にとっては、私たち技術職員が製作して出すというのは、直接の職務ではないものの「学生が取り組む」となると、これは非常にいいニュースになるんですね。
そして、私たちも「学生に教える」というのは仕事ですので、筋が通るといいますか。途端に風向きが変わって道が開いた感じになりまして、学生たちのためのプロジェクトとして予算が付いたり、学生たちも自分たちで予算を取ったりすることができるようになって活動が本格化しました。ですが、改めて思うのは、そもそもの始まりは、腹をくくってかけた電話ですね。あれが一番の大きなスタートだったのだと思います。

最初に対応くださった教頭先生も後で校長先生になられて、全面的にバックアップしてくださり、味方で居てくださったです。よく一期一会といいますけども、本当にそう思います。

想いが通じた部分が大きいですね。「何か裏があるのではないか?」と感じているところを、誠実に純粋に「お手伝いがしたいんです」という須惠さんの気持ちが通じたからこそですよね。今までのお話を聞いているだけでも、人との繋がりや温かさというのも感じます。学生さんたちの行動もそうですよね。

助けられましたね。とっても。当然、新しいことをしているので、色んな壁が出てくるのですが、その度にどこからか手を差し伸べくれる人が現れましたね。不思議なくらい。

例えば、どうやって必要としている人に知ってもらおうかと考えていたら研究会へのご招待を頂いたり、誰が作るかで話が進まなくなったら、いくつかの盲学校から「あれすぐに欲しいんですけど。」と大学に電話が掛かったり、人手の問題や運営について悩んでいたら、自然と学生から手を挙げてくれてプロジェクトになったり…。自分としては、スタートは切ったけど、その後はおのずと道が開けていって今にたどり着いているような気がしますね。

ものづくりを通じて、「技術って役に立つんだな」とか
「私(僕)でも社会貢献できるんだな」ということを肌で感じてほしい

Q.本プロジェクトに関わられている学生さんは何人くらいですか?

最初に声を掛けてきてくれた学生が、自主的にサークルを作りまして、今は27~28人くらいですかね(2018.08.21時点)。

これがサークルのメンバーで、それとは別に、「パッチンちずる(※)」の製作をものづくりの講習会として、工学部の学生を集めてやっています。

「皆さんの作品は盲学校で実際に教材として使われますよ。だから、世の中の役に立つ、社会貢献になるものづくりを体験できますよ。これは熊本大学でしか経験できないので是非参加してみませんか?」とアピールさせてもらったところ、申し込みが27人もありました。ですので、合わせると50人を越えます。私もびっくりです(笑)

どこかで「人の役に立ちたい」という気持ちがありますよね。特に学生さんは。でも、そういう気持ちを持っていても、一人ではできないし何をしたらいいかわからないし、こういう取り組みがあると参加しやすいですし、また集まるとパワーがすごいですよね。

大学は、私たち職員もそうですけれど、「生産する力」は持っていないんですよね。「パッチンちずる」は50校近くから依頼が来て、これを自分たちで作るっていうのはとても大変なのですが、学生がこれだけ集まってくれると一人一台担当してくれたら、ほとんど出来上がりますので助かりますよね。

次は、この取り組みを9/23に高校生向けに製作イベントとして開催します(※イベントはすでに終了)。そこでは、サークルの学生がものづくりを教える側に回ってもらうんです。

わああ!いいですね!どんどん広がっていく感じがしますね!
最初は須惠さんから始まって、次は学生が教えて…継承されて行く感じがいいですね。

そうですね。このような形で、学生たちにもプラスになるし、来てくれた高校生たちにも、このものづくりを通じて、「技術って役に立つんだな」とか「私(僕)でも社会貢献できるんだな」ということを肌で感じてほしいという想いがあります。

この高校生向けの活動は6年目ですが、この取り組みは「社会性がある」ということで、外部から予算をつけて貰えているのでありがたいですね。大学にはプレゼントするための予算は無いのですが、学生たちのものづくりプロジェクトであったり、例えば、科研費や外部の財団であったりと「社会貢献をするためのものづくり」という申請に対して助成を頂く事ができ、活動を続けて行けていますね。

※県ピースをはめ込む際に磁力でパチン!と吸い付き、音声で県名を教える地図教材。パチンと吸い付く地図パズル「パッチンちずる」と名付けられた。パネルは交換式で、本体に繋ぎ替えることで音声も切り替わる。

「実際に使う人たちの意見を直に聞くこと」という過程も
学生にとってとても大切なやり取りだと思っています。

この「ポップまっぷ」(パッチンちずるの前の作品)は53校に出させてもらいましたが、これも外部の資金で、大学生や高校生たちが作って全国の盲学校へプレゼントしました。これは、県のピースを押すと音声で県名を教えてくれるものですが、パッチンちずるのように取り外しは出来ません。それに対して、先生方から、全国を学ぶ前に、まずは自分の地方から勉強させたいというご意見や、取り外して県の形が分かるようにしたいとのご要望がありました。

「パッチンちずる」誕生のきっかけとなった「ポップまっぷ」

一つできると、さらにね…(笑)

色々とまたアイデアが…(笑)
先生方は、盲学校という現場を見ている専門家として、ニーズやアイデアはたくさんお持ちなんですけれども、ものづくりを専門とされている方ではないですよね。私たちや工学部の学生たちは、ものづくりのための勉強をしているわけですけれども、「アイデア」は何もないんですよね。

ですので、先生たちから「アイデア」を頂いて、私たちが「カタチ」にすることで提供して、また先生方から「ありがたいダメ出し」も頂いて、ブラッシュアップさせて、そうやってよりよいものをプレゼントできるようにと努めています。

ちなみに先ほどのパッチンちずるの実際の改良点というのは?

試作機では、どれが「湾」で、どれが「県境」なのかわからない、と。学生たちと検討して、海と陸を手触りで認識できるよう、海の部分には壁紙を貼って、ざらつきでわかるようにしました。
また、パーツをはずした時に、表裏が分からない、どっちが上か下か分からない。というご意見があったので、県庁所在地の場所に北を示す△マークを付けて、これらの要望をクリアしました。

右が改良前。左が改良後。

なんと、スマートな…!

このようにして、先生とのやり取りの中でブラッシュアップしていき、プレゼント版にもっていくという。この「実際に使う人たちの意見を直に聞くこと」という過程も学生にとってとても大切なやり取りだと思っています。
自分たちが作ってきたものに対しての、社会的な評価を直接聞けるので。

全日盲(全日本盲学校教育研究会)では、今回2人の学生に来てもらいました。内1人は沖縄から来ている学生ですが、その学生が以前作った地図教材を沖縄の盲学校さんにプレゼントしたんです。そしたら今回、会場にその沖縄盲学校の先生がいらっしゃって、「貴校にプレゼントした作品は、こちらの学生が作ったんですよ」と紹介したら、「ものすごく役に立っています」と、とても喜んでくださったんですね。感想を直接聞けるのは学生にとってモチベーションが上がりますよね。

本当に広がりがすごいですね。想いのバトンが繋がっていく感じが…。

そうですね。すでに200台以上全国に送っている取り組みとなっていて、しかも全国で熊本大学だけがやっているということもあり、大学もいろいろバックアップしてくださっていて、学生たちは楽しく取り組んでいます。

学生たちの中でも、「熊本大学といえば…これ!」という認識も広がっている感じがしますね。

そうですね。サークルは草の根でやってきましたが、2017年に公認サークルとなりました。
工学部の名前を使って活動ができるという体制に変わってきて、ちょっとしたムーブメントになっていますね。

関わることによって見る目が養われて行く

Q.このような活動をされ、色んな方と触れ合っていく中で、「バリアフリー」という点においても、意識されるようになったかと思うのですが、何か感じることはありますか?

今回、私自身が全く知らない世界に飛び込んでみて感じたのですが、「関わることによって見る目が養われて行く」と思うんですね。

この活動は「盲学校に実際に来てみて知ってみてください。」から始まったんですが、何も分からないまま盲学校に訪問してみて一番最初に驚きだったのが、盲学校の授業は、目の見える普通の学校の生徒とカリキュラムが一緒だったんですね。それにプラスして、目が見えない・見えにくいことへの自立・訓練が入っているとのことでした。

また、知的障がいをお持ちの生徒さんもいらっしゃったりするわけですが、学習曲線としては立ちあがりは遅いかもしれませんが、同じものを教えていくというのも驚きでしたし、「目が見えない」っていうのは、単純に「全盲」なのかそうではないのかということでは無くて、「一部分しか見えない人」「明るさがまぶしくて見えない人」など、一人一人の個人差がすごく大きいというのも知らなかったですし…。関わることによってたくさんのことを知りました。

「バリアフリー」というものを考えた時に、取り組んでくださっている企業はありますけれども、それは社会の中では少数だと思います。
私たちが子供だった頃に比べれば、現在は学校でもバリアフリーについての教育が組まれているとは思うのですけれども、それでも本大学へ入学してくる学生たちに聞くと本当に何も知らないんですよね。

ですので、社会全体でも知るところから始めることができたら、もっといろんな動きが始まっていくのではないかとは思います。少なくとも企業の方々はそれだけの大きな技術力をお持ちですので、どこにニーズがあるのかということを知っていただければと思います。

もちろん、「視覚障がい者」というのは非常にマイノリティですし、全盲というのはさらに少ないですから、企業としての市場原理の中で「製品」として持っていけるのか。という点においては難しいところもあるは思うのですけれど。

色んな方が、現状をまず知ることから始めれば、恐らく、その人なりの持っていらっしゃるチカラの中で生み出せるものはどんどん出てくると思うんですよね。全国各地で小さな働きをしていらっしゃる方はいっぱいおられると思うんですよ。

ですので、それをもし、全国各地の色んな方に知ってもらうことができ、連携することができたら、それはもっと大きな動きになっていくだろうなと思います。

私もそうでしたが、ある学校の1人の先生から「この子のためにこういったものを作ってほしい」と言われることが割と多いんですよね。それを作って渡したときに、「本校にも同じような子がいます。うちにも欲しい。」という形になっていって、全国規模だと何十校というニーズが来るという形になっていくんです。

ですので、恐らくニーズを知っていらっしゃる人の想いなどが世の中にうまいこと繋がっていく何かが出来たら、もっとバリアフリー化に対して「マンパワー」が集まっていくんじゃないかなって気はしています。「草の根にもネットワーク」っていうんですかね(笑)

「じゃあ、その具体的な方法は?」と言われると分からないんですけれども…。

大学の「技術職員」という立場でなければ、
できなかったことだったんだな。

弊社も「ものづくり」の企業なので、「歩導くん ガイドウェイ」という製品自体も、新しいものというところで、同じ境遇ではあるかなと感じますね。
まずは「知っていただく」という所で地道に活動していますが、それが今ようやく、全国の盲学校さんに知って頂けるようになってきて…。からの次のステップのところが悩みどころですよね。
当事者のお話を聞くと「諦めないでやってほしい」「いつか大きな花が咲くから」というお言葉を頂いて、それが一番の励みではあるんですけどもね。

そうですよね。仰る通りですね。
ただ「企業」としてやること、「大学」としてやること、そこには一つの違いがあるかもしれません。

これを大学としてどう届けるのかを考えた時に、私たちも最初は「売る」形を考えましたけれども、結果的に「寄贈する」という方向にたどり着きました。
大学のものづくりというのは、基本的に先生方は最新の技術で開発していくという「研究」が基本になります。そうして特許とか論文がどんどん出てきて、これを民間企業に産学連携という形で提供して行くというのが1つのスタイルとなっています。

企業の方に、このようなお話をするのは申し訳ないのですが(苦笑)たくさんの数が出ないと、それは製品として利益に繋がっていかないですよね。民間が作るとなると、金型から起こしたり、デザインやプログラムとか、色んな所に人の力とお金がかかっていったりして、当然それを回収しなければいけないという所がありますよね。社会貢献だけでは無くて。
熊本大学では、結果的に「寄贈」という考え方になりましたが、研究を仕事とする「先生」たちにとっては、同じものを大量に作るというのは研究活動には当たらないんです。ですので、この活動を研究室の先生方がやろうとしても進まないんじゃないか。とは思っていました。

その点、私は「先生」ではなく「職員」ですから、学生にものづくり指導として、毎年教えることができて、同じものを学生のみんなが作ってくれるという所で…。うまい立ち位置に居たんだなと。あとから思いましたね(笑) 大学の「技術職員」という立場でなければ、できなかったことだったんだな、という風に思ってやっていますね。

なんだか、目の前にレールが敷かれているようですね。

ですね。不思議な感じです。ものの見方や仕事での立ち位置が変わっていった気がしますし。

私は技術部という組織にいるわけですが、この活動を理解してくれる組織があるからこそだと思うんですよね。「いや。それダメだよ。」って言われたら、仕事としてできなくなるけれど、「これはもう須惠さんじゃなきゃできないから、やって。」と認めてもらえて後押ししてくれる職場があるから、この活動をどんどんやらせてもらっているといいますか。ある意味好き勝手やらせてもらっているといいますか(笑)

周りの理解って大事ですよね。

理解者を増やすっていうのは、本当に時間がかかりますけど、結果的には大学の皆さんが見て、「これは、熊本大学としてやっていいよね!」という土壌作りができたことが、本当に大きかったと思います。そのためには数年間は調整が色々と必要になりましたが…。

「世の中と繋がっている活動」を学部生の早い内からする機会を。

例えばの話ですけれど、この先、須惠さんが熊本大学を離れる時が来たとしても、この活動は代々続いていく形がもうでき始めていますよね。

そうですね。学生中心の活動になってきていますね。
学生たちも自分たちで教材を開発して、数十校に出して行っていますし、更に改良を進める活動もしています。例えばAndroidのアプリと連動する教材を作ったり。ものづくりの技術を専門で勉強していますからね。少しずつ工学部らしいものが生まれてきていますね。

上が「ぴん六」、下が「こえてん」
ぴん六:ピンケース(蓋付き)からピンを取り出し、6つの穴に挿して作った点字を、
読上げボタンで音声化する。
こえてん:「ぴん六」の思想を発展させ、押しボタンの凹凸で点字を表現し、音声で確認できる教具。
大学生メンバーによるオリジナル開発作品第一号

 

うわぁ…。鳥肌立っちゃいました。
楽しいでしょうね!学生さんも。自分たちで生み出す。という感覚といいますか。

そうですね!このような「世の中と繋がっている活動」を学部生の早い内からする機会というのはまずないので。これが、大学院の修士とかになってきますと、ある程度、研究室でも民間との連携は出てきますから、関わる学生は出てくるんですけれどもね。
私も学生のときそうでしたが、一年生の時には「これって何の役に立つの?」って疑問を持ちながら勉強していましたね(笑)こういった実例がそばにあると、勉強する学生たちも「あ。自分たちが勉強しているものは、こういう風に使われているんだ」って筋書きが見えるので、勉強に対しての姿勢が変わってくるみたいです。「あれが勉強したい!」と積極的に言ってきてくれます。

授業を受けている中でも、「あ、これ。今度、あれに活かせるんじゃないか?」って思ったりするわけですね。

そうです。そうなんです。アイデアに変わってくると、身の入り方が違いますね。

ちょっと、学生時代をやり直したくなりますね(笑)

私も学生時代に今のようなことをやっていたら、もっと別の仕事についていたかもしれないですね(笑)私は電波高専でしたので、どちらかいうとモールスとか。通信屋さん関係が専門でしたので。

では、昔からものづくりに興味があったとか…?

趣味ではありましたね。日曜大工とか、バイクいじりとか、いろいろしていましたけれども、
仕事としてやるようになったのは、熊本大学に移ってきてからですね。

以前は情報系をしていましたが、そこを離れまして、電気関係のものづくりを考えるようにになってマイコンの勉強をみんなでしまして、その翌年にこの活動となりまして。
やったことがすぐ次につながる、導かれているのか…。不思議な感じですね~。

「技術は、人を幸せにするためにある」

Q.ものづくりを通して、お伝えしたいメッセージがあればお願いします。

偉そうなことは言えないのですが、「技術は、人を幸せにするためにある」と思っています。

多くの技術というものは、軍事技術から発達していることが多いんです。インターネットとかはまさにそうですね。社会を豊かにする方法にもなれば、人を傷つける方法にもなっていきます。

学生たちが勉強している技術も全く同じで「諸刃の剣」の部分もあると思うんですけれども、平和な社会で用いれば、人の役に立つものであると思います。

今、私がさせて頂いているのは、身近な所で困っている方といいますか、私の場合、「盲学校の子どもたち」というよりも、それを「教える先生方」を対象としていますね。
ものづくりを通して、先生方が「良い教材を作っていただいたおかげで、教えやすくなりました。」というお言葉を頂けるのは有難いことだと思いますし、「教材を使っている子供たちが楽しそうに勉強している。今まで関心を示さなかった勉強や難しいとしか言わなかった勉強に「面白いね!」といって興味を示すようになったよ。」というお言葉が、もう一番の賛辞だと感じています。

出来上がった教材が、手作り感満載で、特許でも何でもなく出涸らしの技術しかないかもしれないけれど、「使ってもらえるもの」を作って、実際に使った先生たちも子どもたちも喜んでもらえて、それがダイレクトに分かるのは、本当にものづくりの醍醐味だと思います。ものづくりの中でこのような体験させてもらっているのは、本当に幸せなことだと思いますね。

「彼らと一緒でないと、これはやっていけない。」という想いがあります。

「ありがとう」という言葉が嬉しいですよね。苦しいことが9割ぐらいあっても(笑)その一言ですべてが報われるといいますか。

本当にそうですね(笑)
でも、私自身も「取り組ませて頂いてありがとう」という想いがいつもありまして、実は学生たちに対しても思っていまして。

今でこそ、学生たちも20数人集まっていますけれども、みんながいなかったら、この活動は進まないわけですから、本当に「来てくれてありがとうね」という思いです。

年齢的に「須惠先生」と呼ばれがちなんですけれども、「先生」じゃなくて「須惠さん」でいいよ。って言っていまして。立場的な「先生」と「生徒」という考え方を私は持っていなくて、一緒にやっている「仲間」という感覚でして、30歳くらい年が離れてはいるんですけれども(笑)「彼らと一緒でないと、これはやっていけない。」という想いがあります。

先ほど、「理解してくれる環境が」とお話されていましたけれども。本当に「須惠さんだからこそできる。」といいますか。以前、展示会でお会いした際に、少しだけお話させて頂き、その後のメールの中でのやり取りからも感じ取れましたが、生徒さんとのコミュニケーションがよくとれていらっしゃる。といいますか、生徒さんたちから愛されているな。と思う所がありまして。

遊ばれてますよね(笑)

いやいやいや(笑)

いや。でも楽しいですよね。学生と一緒にワイワイやれるというのは。

色んな先生がいらっしゃるとは思いますが、須惠さんの場合は、私のイメージではありますが、受け入れてくれそうとか、話しやすそうとか、質問もしやすそうですし。気兼ねなく聞ける感じはありますね。

「全部教えちゃって身になるのかな?」という部分は考えて受け答えはしていますが、彼らなりに、取り組みに対しての意義をすごく感じていると思うんですよね。
一番のモチベーションはそこであって欲しいですね(笑)

「自分たちが取り組んでいることが、どれだけ人に喜んでもらえるのか。」を
体験できる

Q.実際、学生さんや卒業された方から、この取り組みに関するお声はありますか?

私、いつも学生には「大学の時間ってとっても貴重だよ」と話しています。だから卒業が近づいた学生には「貴重な大学の時間を使って、こういった取り組みをしてきた以上は、どんどん利用して役に立ててね。」と話しています。

たとえば、就活とかで、必ず聞かれるのは「大学の時、何をやっていましたか?」って質問ですよね?この活動に関わってきたことを全面的に話したらいいよ。と言ったら、数年前から「第一志望の会社には入れました」という声が聞こえてきまして。
やはり、このような話をしたら、面接官の方が食いついてくださって深い話ができました、と。

学生を募集するときに言っている部分でもあるんですけれどもね。「社会貢献はもちろんですが、就活の時にPRできる活動でもあります。」と。それを目当てに入ってくる学生もいます。でも、入ってきたら分かると思います。「自分たちが取り組んでいることが、どれだけ人に喜んでもらえるのか」を体感できるので。将来、彼らが社会に出ていくときには、同じ分野でやっていくことは無いと思いますが、ここで学んだ事、感じた事のハートをもった社会人になってくれることは、嬉しいことだなと思います。

「社会貢献がしたい」「ものづくりがしたい」「就活の話題作りにしたい」など、入口は人それぞれですけれど、活動に参加して、アウトプット(寄贈)をしてもらうことが一番大事だと思っています。

7年もやっていると、いろんな盲学校の先生たちとも関係ができあがっているので、さらなるニーズを頂きますし、期待もあるわけですよね。新しいものを作るだけではなく、これを続けていくというところに一つの使命が生まれてきていまして。「やーめた!」というわけにはいかなくなってきているわけです。それもあるので、学生がいろんな想いで入ってきても、彼らと一緒にやっていって、盲学校の先生たちに応えること(アウトプット)がいつも私たちに必要なことだと思っていますね。学生たちにも「早く、1・2年生を増やそうね。」と言っているんです(笑)

後継者ですね(笑)

学生は入れ替わっていくというのが一つの課題でもありますので。
4年すれば入れ替わりますから。院生まで行っても6年。大体、5年ぐらいで顔ぶれが変わりますね。そうすると、技術の伝承が大事になっていて、前に作ったいいものを後から欲しいと言われても作れる人がいなくなっている、というケースもあり得るんですよね。

長い間続けていくこと、後輩たちを育てていくこと、という点においても、学生たちと話し合っていますね。大学としてやっていく以上、ずっと消えない課題となりますね。

この取り組みで、一つの社会が完結していますね。小さな社会ができているというか。この取り組みに関わった学生さんは、社会に出ていくときに、胸を張って出ていけるイメージがありますね。

そうなってくれたらいいですね。
今は先輩が後輩を教えるようにもなってきているので、私はどちらかというと、ものづくりの講習会などをやって、人を集めるきっかけを作る側に回っている感じですね。
講習会で、ものづくりの1からを教えるのですが、参加者が作れるようになった頃に、「もし続けてみたかったら、サークルでやっていったらいいよ。」と声かけさせてもらっています。

学生の男女比としては、工学部だとやはり男性が多いのですか?

女子学生が多くて半分以上がそうです。そういった優しさがあるのでしょうね。きっと。
化学出身の学生も来たりしますし、やったことないけれどもやってみたい、とか。サークルですので、専門分野という垣根を越えて参加してもらっています。

「開発したものを届けなければ意味が無い」

Q.今、他に依頼されている案件はあるのでしょうか?

実物がここにはないのですが、校舎模型を作って欲しいと依頼されまして。

盲学校で目の見えない子が入学した時に、どこにどの部屋があって、トイレはどこにあるのか、自分が今どの位置にいるのか分からないことがすごく不安なんだそうです。必ず誰かが付いていないと移動ができないとのことで。

そこから、今どこにいるか分かるように自立活動の支援になるようにとのことで、手で触っても壊れない建築模型を作ってほしいと言われました。通常、建築家が作る模型って、見せるのが目的なので綺麗に作ってあるのですが、触ったら壊れやすいのです。ですので、教材として壊れずに使えるものを。と。

私は建築の知識は何もないので、建築の先生に相談して、学生募集をしてみましょう、ということになり、学生が何人か集まってくれました。

その内の1人から「自分の卒研(卒業研究)でやっていいですか?」と希望があり、まわりのみんなも協力するよと言ってくれたんですね。それで、その子が設計の中心部分を担って、始まって行ったわけですが…。

「卒研」となるとパワーがありますからね。全部の時間をその製作に費やせますから、すごいスピードで進んでいきまして、半年くらいかけて、ほんとにいいものができました。現在も熊本盲学校で使われているんですけれども、フロアごとにパッと外せて、触察できるようにアクリルで作ってあるんです。

当時、盲学校の6年生の子に触ってもらったんですが、はじめは高さの違いが分からないと。基本、全盲の人は手の届く範囲にしか何があるのか分からないので、手掛かりなしに高さの感覚をつかむことは難しいようでした。

校舎模型を触って「どうしてここは低いの?」という質問から始まり、「低いところが幼稚部だよ。」と。次に階段部分を触ってもらったら、「あ!階段ってこういうことなんだ!これが上にあがるってことなのね!」ということが理解出来ました。

また、模型を触ることによって、自分が行ったことのない場所の存在があることを知ることになって世界が広がるんですよね。「え。こっちにもあるの?!」「これは高等部だよ。じゃあ、実際に二階の高等部のこの部屋に行ってごらん。」という話になって、まずは、模型を触って、今自分がいる所と目的地までの位置関係を確認して、頭の中にルートや壁の特徴をインプットしてから出発しました。

すると、今まで自分が生活してきた盲学校の世界と模型の校舎構造がフィックスしてきたようで、手探りながらちゃんと部屋にたどり着いたんです。それを見ていた熊本盲学校の先生が、「これはもう教材として使える!」ということで、これで行きましょう、となったんですね。

今は建築の学生が10人ほどのチームを別に作っていて、電子教材のモノづくりとは違うんですけれども、彼らも先輩後輩が一緒になってやっています。学校の模型って、一校に一台ずつですし、当然、他校と同じものはないので、必ず誰かが一から設計しなければならないんです。そしてそれは建築の学生でなければできないので。
遠方からの依頼が入ると、ネットで会話をしながらやっていますが、環境もしっかり整っているわけでは無く。ここも悩みどころだったのですが…。

まさか。ここでも、手を差し伸べてくださる方が…?!

いらっしゃったんですよ。寺原保育園の理事長のご主人さんが建築会社の社長さんでして、私も個人的に知り合いなんですが、このような取り組みをしていることを前々から話していたら、「学生さんがそういう取り組みをしているんだったら、資金面でも協力するよ。」って仰っていただけたので、建築の学生を連れて工場に見学に行かせてもらったんです。

学生から直接社長さんへ模型を使って活動の話をさせてもらったら、それを聞いた社長さんが大学へ寄附金を出して応援してくださったんですね。頂いた寄附金で、パソコンと設計ソフトを一式買って作業環境を整えることができたんです。

応援して下さる民間の方や会社の方などとの連携もありますし、他にも個人の方からもサポートいただいております。水俣にいらっしゃる視覚障がいのご年配の奥様からは「応援したいから」と、毎年寄附金を頂いていますし、また、沼津の盲学校にプレゼントする予定の教材については、そこの卒業生でいらっしゃって、地元で全盲ミュージシャンとして活動されている方が、これまでの活動で手にしたチャリティの資金があるから、それをぜひ母校の子供のために使って寄贈してほしい、と。

他にも盛岡市にある「手で見る博物館」からも所蔵品に地図教材を一台欲しいと言われておりまして。チャリティ資金から、そちらにもプレゼントする予定です。

ひっぱりだこですね!!賛同してサポートしていただけるのは、心強いですね。

少しずつですけれども、民間の方の応援と大学生のものづくりとの連携が始まってきたのかなという気がしています。

社会には「応援したい」と思われている方は、たくさんいると思うのですが、伝手が無いんです。

ですので、将来的には「熊本大学の学生がものづくりをしますよ。社会の皆さんが社会貢献をしたいときに私たちが間に入ることによって橋渡しができるかもしれません。」といった形を次のステップにする感じが見えてきたのかな、と感じています。

世の中にはクラウドファンディングという考え方も出てきていますよね。「開発しても手元に届けられなければ意味が無い」と思っていますので、それも視野に入れながら、学生たちと一緒に「どのようにしたら必要としている人のもとにちゃんと届けられるか。」ということを目指して、今後も活動を続けていきます。

取材日:2018年8月21日

 

盲学校用教材開発サークル Soleil ~ソレイユ~:
http://www.tech.eng.kumamoto-u.ac.jp/tenji/