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インタビュー

面 雅樹 様

寄付を通じて感じた想い
~多様性を受け入れられる社会へ~

株式会社トルハート 代表取締役社長面 雅樹 様

「いろいろ訴えかけても無視されて、思い通りに行かない。」
これが社会の現実なんだな。

Q.弊社とは御社からのお問い合わせを頂き、ご縁がございました。
きっかけは何だったのでしょうか?

 

盲学校さんへ寄付をしようと思いまして、私としてはカーテンを寄贈しようかと思っていました。
弊社は、床材、壁紙、カーテン、家具などの内装材の卸問屋をしておりますが、本社は金沢にございまして、そこでは、カーテンの縫製もしておりましたので。
しかし、盲学校さんの方から「仮設的に設置できるのもが欲しい。」「誘導マット(歩導くん)がいい。」とご要望がありましたので、「それでしたら、その方がいい。」と思いまして、歩導くんを寄贈することにしました。

 

お望みのモノであればと。

 

そうですね。それが寄付の一番の目的ですし、こちらとしても、望んでいる物を寄付したいという想いはございますので。

 

そもそも寄付をしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

 

3年前(取材時は2018年)の3月の中頃でしたかね。金沢に切符を買いに行きました。その時、年配のご婦人がティッシュペーパーを配っていたのです。
アルバイトか何かな?と思ったのですが、それにしては、「○○店です。よろしくお願いします。」といったような声も聞こえず、ぼそーっと近づく感じで、何と表現したらいいのか悩むのですが…。なんとなく違和感がして、その時は通り過ぎたんです。
そしたら、その先にで石川県の盲学校の方が「点字ブロックの上に物を置かないでください」という啓発活動をしていたんです。
それを見て、先ほどティッシュを配っていたご婦人のお子さんが、盲学校に通っているんだなとピンと来たんです。自分が取った行動が恥ずかしいと感じまして、慌ててティッシュペーパーを受け取りに戻りました。

 

私の勝手な想像ではあるのですが、これが社会の現実なんだな。と思いました。
「いろいろ訴えかけても無視されて、思い通りに行かない。」
そんな社会を凝縮したような場面で、私は「通り過ぎる」という行動を選択してしまったことに大変恥ずかしくなりました。

 

違和感というのは?

 

そのご婦人の雰囲気が非常に控えめでして、ご自身でもどういう風に(啓発活動を)したらいいのか分からない。慣れていいないという感じが、すごくしました。
私は普段ティッシュペーパーを受け取るタイプなのですが。その、慣れない違和感から、受け取らなかったことが、今まで社会が障がい者に対して目を向けていないことと同じようなことをしてしまったなと、非常に反省しました。
今でもその時頂いたティッシュペーパーを持っています。

 

 

「点字ブロックの上に物を置かないでください、自転車を止めないでください」など、当然のこと言っているだけなのですが、自分がその人の立場に立てないと、狭い道路とかですと自転車が止めてあったりしますもんね。社会が関心を向けてくれないというのは辛いだろうなぁ…。というのを感じました。

 

そして、冒頭でお話したように、その後、盲学校さんにお電話をしまして、「このような商売をしているんですけれども、何かできませんか?」とお伝えしたところ、誘導マットのご希望を頂き寄付しました。

「自分が想像していたのと違うな」と気付かされたところはあります

Q.その後はこの活動を続けていらっしゃるのでしょうか?

 

2015年に誘導マットを1セット寄付しまして。
その翌年も、誘導マットの距離を伸ばしたいとのことで、引き続きもう1セットを寄付しました。
これは、私もいいのか悪いのかわからないですけれど、会社の経営状況もあって、厳しい時期にはしたくてもできないときがありまして…。今は残念ながらできていない状況です。

 

しかし、できることなら続けていきたいというお気持ちはあるということですね。

 

そうですね。ろう学校さんにも何かできないかなと思いまして、
カーテンやブラインドなどを寄付したこともあります。
弊社としては、まだ2年しか寄付できていないのに、創立110周年のパーティーに招待いただきまして感謝状を頂き、パーティーにもご招待いただきました。

 

感謝の気持ちが伝わってきますね。

 

私自身、関わることで考え方が多少なり変わってきたと思います。ある程度、現状が分かりますので。
ろう学校さんにお伺いした時は、幼稚部のカーテンがボロボロでして。「夏になると子供たちが(日差しが)暑い暑いと言って困っているんですよ。」と話されていたので、カーテンを寄付したり、また、「タイルカーペットもだいぶ汚れてしまって。」ということでしたので、そちらも寄付したりしていました。

 

現場の声って大事ですよね。

 

そうですね。先ほど挙げた2つの例も「県の教育委員会に話して変えて貰ったらどうですか?」と聞いてみたところ、「いやー…、予算がつかないとか言われて、困っているんですよね。」と仰ってたんです。
困っている現状が分かりますし、生徒さんを見ていると生活も見えてきます。
遠いところから学校に通っていたり、宿舎で暮らしていたりとか…。
あとは、耳の聞こえにくい方で補聴器をつけているけれど、話し声からエアコンの音から全部拾ってしまうとか…。

 

色んな音が一気に入ってくると思うと、体調にも影響が出そうですね。

 

ですよね。このようなお話も実際に聞いてみて、「自分が想像していたのと違うな」と気付かされたところはあります。普段生活していたら、そこまで見ることは無いですから、分からないですよね。
他にも、特別支援学校にも伺ったのですが、最近できたばかりで、とても綺麗だったのです。
設備もしっかりしておりますし。ですので、弊社が協力できることは無いかなと(笑)
先ほどのろう学校さんは110周年と申し上げたように、歴史が長いので、劣化しているところもあるんですよね。
実際に訪問してみて、職員さんや生徒さんが要望している物を聞いて、見て、現状を知ったうえで寄付することは、金額以上のものになるのではないかと思います。

 

なるほど。お金以上の価値が生まれるということですかね。

 

例えば、「困っているから、寄付します。」というのは、いくらか寄付したとしても、それが実際どこに何に使われたのかわからない。というようなお話も聞きますよね?
本来の目的のために寄付した金額の10%くらいにしか充てられず、
その過程で90%が使われてしまっていたり。
でも、このように現場を見れば、困っているのものが何か分かりますし、携わっている先生や生徒さんの日々の生活も見れますしね。
一日訪問させて頂いたくらいで分かるようなものではないとは思っておりますが、少しでも当事者の立場で感じることができたのかなと思います。

日頃接することのない環境を知ったことで、自分の考え方が変わった気はします

Q.他に何か感じたことはありますか?

 

ろう学校さんの110周年記念式典の時にも感じたのですが、本校に通っている生徒さんが小さい時から一緒という方もいらっしゃるので、繋がりが深いんですよね。
小中高とずっと一緒に生活してきているので、仲間との絆も強いですし、学校への思い入れもあるんですよね。ある方は、「自分が死んだら校庭に埋めてほしい」と仰っていまして。
こういうのを聞くと、自分にはない感覚だなと。そう思えるのが羨ましいと言いますか。
日頃接することのない環境を知ったことで、自分の考え方が変わった気はしますね。

 

経営者の立場の話になって申し訳ないのですが、会社としても身体障がい者の雇用率がありますよね。その比率をカバーしなければならなくて。そいう言った意味でも、訪問させて頂いた学校からの人材を会社の方は受け入れる体制を整えなければと思うんですよね。
寄付という点もありますが、会社側としては社会的責任を果たさなければと思います。

 

企業側もまだまだ態勢が整っていないところも多いですよね。

 

これは負け惜しみですが…(笑)
やはり大企業となると、福利厚生や設備が整っているところもあるので、中小企業にとっては、障がいをお持ちの方に選ばれるには、比べる土俵がだいぶ違いますので、研修に来てもらっても、選んで頂けない現実はあります。
現在は、弊社に障がいをお持ちの方は在籍していないのですが、先ほどお話の中にありましたように、縫製などをしておりますので、耳が聞こえない方・聞こえにくい方でしたら活躍していただけるのではないか。とは感じてはおります。

 

雇用に来ていただいた方には、何か特別扱いすることなく、他の社員と同じく普段通り接して行けばいいのではないかと私は思っております。業務も縫製となりますので、成果も目に見えやすいですし。と私は勝手に思っているんですけれども。

 

Q.社員の皆様はこの活動をご存じなのでしょうか?

 

社員には私からずっと発信しております。社員が頑張って成果を出した売り上げの一部が、社会貢献に繋がっているという意識になれば、ありがたいですね。

何が問題なのか。どういうものを望んでいるのか。 実際に見ないと、問題点や効果は得られない。

Q.面さん自身、考え方に変化はありましたか?

 

寄付については前からしたいと思っていたんです。相手が本当に欲しいものをあげないといけないですし。それを知るためには、現場を見ることかな。と。
これは、仕事でも同じですよね。

 

そうですね。

 

何が問題なのか。どういうものを望んでいるのか。
最初は、お金の方がいいかなとも思ったのですが。
公立学校は金銭は受け取れない。という話がありましたので、ではカタチとしてということになったのですが、カタチにするとなるとやっぱり見に行かないと分からないのでね。
実際に見ないと、問題点や効果は得られないですよね。

 

何かしたいなと思っても、実際に行動に移せる。という方は中々いらっしゃらない様に
私は思うんですよね。

 

私が立場上起こしやすいという所にいるというのもあるかもしれませんが(笑)
というよりも、やはり、きっかけとなったティッシュペーパーを配っていた方の雰囲気というのが、自分にとっては非常に心に刺さりまして…。

 

お話を伺う中で、なんといいますか…。
面様は、感が良いと言いますか、感情移入しやすいタイプでいらっしゃいますかね?
ティッシュペーパーのお話を伺いました時、ちょっと熱くこみ上げるものがございましたが…。

 

いやぁ…。そうですねぇ…。お恥ずかしい(笑)

 

いえいえいえ。素敵なことだと思います。
このように感じられる方だからこそ、行動を起こせる原動力というものがあるのだと思います。

 

障がいをお持ちの方たちと接する機会が日本は少ないとは思いますね。
最近ですと、障がいを持っている方が普通の学校に行って健常者の方たちと授業を受けることもありますよね。これは、両者にとっていい影響与えると思うんですよね。

 

「普通の学校に通わせたい」と思う親御さんや、お子さんの「行きたい。」という想いに対して公立学校側は断ってはいけないと思うし、責任をもって取り組むべきだと思うんです。
当然、学校側はいろんな面で負担になるとは思うのですが、
受け入れるのを拒んではダメだと私は思います。

 

受入れた後に発生する色んな考えや思いは、ものすごくプラスになると思います。当事者の子はもちろんのこと、親にとっても社会から受け入れてもらえたという安心感もあるでしょうし、一緒に生活していく中で「こういうことに苦労しているのか、こういう工夫をしているのか」というのが分かるわけですよね。

 

そのような環境が、小さい時からあれば「思いやり」というのが広がるのかなと思います。
私も、この活動をするまでは知らずに来たわけですけども。どういう風に接したらいいのか、どういう風に声を掛けたらいいのか分からなかったですし。
だからと言って、すべてができるわけではないですが、そういう機会があれば両者にいい影響を与えるんじゃないかと思うんですけどね。

 

選択肢を奪わないであげてほしい。ということですかね?

 

そうですね。そう思いますね。
障がいをお持ちの方が「こうしたい。」ということは、健常者と同じように、当たり前の権利ですから、
受入れ側が拒否することはまずありえないですよね。特に公立学校では。

 

障害者差別解消法が施行されたこともあり、
当事者側から求められたら「何かしなければならない」という、空気感ができたところはありますよね。

 

ですね。でも、本音の部分が「いや…そうは言っても大変だし」と思ってしまう所はあると思うんですよね。そういう所は変えていかなきゃいけないと思いますね。
困ったときは社会が助ける。これが普通なんですけれどね。

 

私にすれば、錦城護謨さんが、盲学校さんが「これが欲しい!」とリクエストしてくる商品をちゃんと開発されているのはすごいと思います。開発された方はすごいと思いますね。
イベント時にも簡単に設置出来たりしますから、式典とかにも対応できます!というのはいいですね。
社会貢献に非常に大きい部分を担っていると思います。

小さい時から色んな考え方をもつということは大事かと思います

Q.現状のバリアフリーについてどのように感じていますか?

 

バリアフリーに関しては、小さい時から、「障がい」と呼ばれるものではなくても、色んな考え方をもつということは大事かと思います。大きい言葉で言えば「多様性を受入れる。」という所でしょうか。
障がいを持っていたり、人種が違ったり、考え方が違ったり、多様なものを受入れて、更に、「どうしてそういう考えになったのか。」などの背景や環境を考えられるようになれば、理解できる範囲は広くなるのかなと思います。
私は、仕事でアメリカに20年くらいいたのですが、「なんでアメリカって銃社会なんだろう?危ないし、無くしていしまえばいいのに。」と思っていたのですね。

 

日本に住んでいたら、確かにそう思いますね。

 

ですよね。なので、仕事場で現地の人に聞いてみたんですよ。
すると、「そんな。銃を持たないで、どうやって家族を守るんだい?」と言われまして。
「住んでいるところが、犯罪も多くて、強盗も入ってくるかもしれないのに、銃が無きゃ守れないよ。」と。
当然、日本で暮らしている私からすれば、そのような環境ってわからないんですよね。
しかも、現地でも、会社の補助があったりして、住むところが安全な場所だったりするので、余計に。
でも、現地に行ってみたからこそ「こういう背景があるから、このような行動をしている。」ということが理解できるわけです。

 

障がいをお持ちの方に関しましては、まわりに実際にいらっしゃれば、お聞きすることもできますが、
いらっしゃらない場合は、その人の立場になって考えてみるとかですかね。
私ものこの歳になって考えるようになったものですから、若い時には一切考えることは無かったですけども。

 

「機会」は大事ですし、そのタイミングを逃がしてはいけないですね。
先ほど、お言葉の中にありましたが、「相手の立場になって考えてみる」というのは、
私も非常に大切にしている部分ではあるのですが。
例えば、目をつむるだけでも、視覚障がいの疑似体験ができるかと思うんですよね。
「こういう状態でずっと生活しているのか」
「自分だったら、こういうことしてもらえたら安心するなぁ。助かるなぁ。」と
感じることは出来るのではないかと思います。
もちろん、それだけのことで分かった気になってはいけませんが。

 

そうですね。目の見えない方、耳の聞こえない方は、からたの機能の一部の障がいとなりますが、
心の中にある思いとかも、障がいと言えるのではないかと私は思うんです。
「心の中の障がい」ですかね。
健常者でも、振り返れば、「心の障がい」があったりするのかなと思うのです。

 

といいますと?

 

一概には言えませんが、例えば犯罪を犯してしまった人を調べると、極端に貧しかったりとか、親に愛されなかった、いじめられていた。など育ってきた環境が影響していることもありますよね。
そういう「心の部分」に周りが寄り添うといいますかね。ということは、やはりコミュニケーションが必要かなと。
でも、寄り添う側が特別な思いでやると、今度はその人が大変になってしまうので、気が付いた時にやったらいいかなと。

 

わざとらしくではなく、ごく自然にというところですよね。

 

そうです。難しいのですが、向こうからの発信があったら、
無理のない程度に応えてあげればいいと思います。
変に「やらなきゃ!」って思うと後々しんどくなってしまうと思うので。

困った人がいたら助けるという気持ちを、もっと全体的に持ってほしいですね

Q.今後はどのような事をしていきたいですか?

 

出来る範囲で寄付をしていければと思います。

 

アメリカは宗教の関係もあるかと思うのですが、あちらは、やはり寄付が多いんですよね。
例えば、クリスマスにプレゼントがもらえない環境にある人に寄付をしたり、社員の子供が重病だと社員が協力して何かをしようとしたり。これらは当然、強制ではありませんし。

 

私が一番感動したのは、金銭的に厳しいと話していた人が、寄付していた時ですかね。
話を聞くと「自分も苦しい時に寄付してもらったこともあるし、自分も大変な人を助けたい」と話してくれましてね。助け合うといいますか、思いやりの部分が底辺にありますよね。
日本人はどちらかというと「自分のことは自分で解決してよ」という感じがありますよね。

 

ですね。ありますね。

 

どちらがいいかというのは無いんですけどね。
自分で解決する努力が必要な時ももちろんありますから。
「なにくそ!」となって大成することもありますからね。
でも、困った人がいたら助けるという気持ちを、もっと全体的に持ってほしいですね。

 

先の話でありました「コミュニケーション」というのは「声掛け」という所ですが、社会からかなり離れて生活してしまうと、考え方が歪んでしまうのかなと思います。
例えば、インターネットの中にのめりこんで、孤独な世界に入ってしまうと、それが突然、とんでもない事件が生まれることもありますし。
社会からの孤立という点は大きく関係しているのではないかと思います。

 

早い段階から輪に入れていけば、こういう事件も少なくなるかもとは思うのですが、では、そういう人たちに、どういう風に声を掛けていくのか。というのはまた違う所ですけどね。
私も、海外で困ったときにたくさん助けてもらったことがありますし。

 

日本にはまだ気軽に声を掛けるとか、コミュニケーションをとるとかそういうのがないですよね。

 

無いですね。
アメリカに行ったら、バスで横になっただけで話しかけてきますからね(笑)
日本でそんなことしたら「変な人」になってしまいますよね。

 

ですね。下手したら通報されるやつですね(苦笑)

 

まぁ、このような声掛けをする必要はないんでしょうけど(笑)、
困った状況を見たら、「俺(私)の出番かな」と思ったらいいんじゃないかな。と思います。

 

あああ!いいですね!その感覚いいですね!

 

いいですか(笑)それも、無理しない程度でいいと思います。
自分ができる範囲で助けて、対応できないところは、また次へ対応できる人に繋いだらいいと思います。

 

オリンピック・パラリンピックも近づいてきましたし、
バリアフリーについて考える機会になればと思いますね。
昔は、パラリンピックでは出場を控えるようにという空気感がありましたが、今ではパラ選手も堂々と出場できる社会になってきましたし、それがごくごく普通のことですし、健常者側も受け入れることができる機会だと思います。

 

多様性を受入れられる社会になってほしいですね。

 

取材日:2018.11.20

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