導入をお考えの方へ
静岡県⾧泉町の広大な土地に広がる「クレマチスの丘」。3つの美術館のほか、文学館、レストラン、ショップ、庭園などを有する複合文化施設です。その中のヴァンジ彫刻庭園美術館が今おこなっている試み。歩導くん ガイドウェイも貢献させていただいているのですが、素晴らしい挑戦ですので、お話を伺いに訪れてまいりました。迎えてくださったのは、ナビレンズ担当者の岡野妙子さん、そして学芸員の渡川智子さんと村内みれいさんです。
その試みとは、視覚に障害があってもひとりで自由に園内を回れるための取り組みです。ヴァンジ彫刻庭園美術館は咲き誇る花と多数の彫刻が展示された空間。一般的には目で見て楽しむものと思われがちでしょう。その場所が、目の見えない人にも楽しめる場所へと進化を遂げようとしているのです。
ヴァンジ彫刻庭園美術館は、イタリアの具象彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジの個人美術館として開設。これは世界唯一で、館内と屋外を合せて50を超える彼の作品が展示されています。ジュリアーノ・ヴァンジという作家の作品テーマは「人間」。一貫して「人間とは何か」を探求し、さまざまな技法で作品に投影しています。身近でありながら奥の深いテーマでもあるが故に、訪れた方がそれぞれに感想を抱かれたり、個々に好きな作品を見つけられているようです。渡川さんと村内さんによると、ヴァンジさんご自身も、見る人に自由に委ねていて、そこから何かを感じ取り行動に移されるのを望んでいるのだそうです。また屋外の作品にはすべてさわることができます。
もう一つの特徴としては、クレマチスを中心としたガーデンを併設していること。このようなミュージアムは他ではなかなか見ることができません。⾧泉町はクレマチスの生産出荷が全国の約6割。それだけに一年を通して色んなクレマチスの品種を楽しむことができます。また新しい品種も毎年植栽されるため、何度も来館される方にも新鮮な感動を与えてくれます。
園内にはクレマチス以外にもバラや四季折々の花がたくさん。白い花だけを集めたホワイトガーデンと呼ばれるエリアは、ここでしか味わえない魅力があります。
では、視覚に障害のある方も楽しめる、その実現手段をご紹介しましょう。岡野さんが選んだのは、ナビレンズ(Navilens)と誘導マット(歩導くん)のコラボレーションでした。
ナビレンズとは、タグと呼ばれる二次元コードとそれを読み取るアプリからなる音声ガイドシステムです。あらかじめ情報登録しておいたタグを施設内の地面に一定間隔で貼っておきます。来館者はナビレンズアプリをインストールしたスマホを地面に向けて歩くだけ。タグをキャッチすると、現在地や進行方向や分岐、作品のある場所など、さまざまな情報を音声で教えてくれるのです。同様に作品の傍に配置されたタグは、それがどういった彫刻なのか、どのようにさわることができるのか、を丁寧に説明してくれます。
情報の登録の仕方次第で、ナビレンズは大変わかりやすいガイドになります。ただ、広い空間で壁までの距離も遠く白杖から何も手がかりを得られない場合、言葉による情報だけで正しい進路を取ることはできません。そこで、歩導くんがナビレンズの指し示す通りに歩けるよう誘導します。
もともとナビレンズは視覚障害者誘導用ブロック(点字ブロック)などと組み合わせて使用することを想定しています。しかし岡野さんはそれは難しいと考えていました。美術館は企画展ごとに展示レイアウトが変わります。都度工事をし直すわけにはいきません。また特性上、館内全体の色のバランスも重要です。
このことから、
・点字ブロックの代替品
・固定式ではない ※接着テープにて、仮設だけでなく常設固定対応可能です
・自由に移設できる
・色を選べる
といった条件を満たす「歩導くん ガイドウェイ」を採用していただくに至りました。
岡野さんは事前に近隣の歩導くん設置施設を見学、普通に歩いている方はもちろんのこと、ベビーカーや車椅子の方が自然にその上を行き交っているのを見て、これは良いと感じたとお話してくださいました。実際に試してもらった視覚障害の方のご意見でも、歩いたときの感覚が(同館の床部分と)違うのでわかりやすい、と好評だそうです。
また渡川さん・村内さんとも入念に色を検討された上でご導入いただきましたので、設置後の結果にもご満足いただいております。歩導くんは展示品が主役となるような色合いでありながら、誘導ラインとしても認識できるものとなっており、施設の空間に大変マッチしたものとなっています。
さて、視覚障害の方の誘導に力を入れるようになったきっかけ、それは今秋に開催を予定している展覧会でした。現代美術作家さんによるグループ展で、石の彫刻作品をさわって鑑賞するのを目的としています。常設展でも屋外の作品はさわれるのですが、館内の作品はさわっていただくことができません。これに対して、秋の展覧会は触察が主眼。さわりながら石の特性や彫刻のことを考えていただく企画です。
この内容を聞いて、岡野さんは「だったら視覚障害の方が展覧会の場所まで安全に移動できる手段を確立しなければ」とすぐさま行動に。いろいろと調べた中からナビレンズに辿り着きました。スペイン発祥のナビレンズを日本に普及させるべく活動中のNPO 法人アイ・コラボレーション神戸に連絡。その支援を受けて2020年12月から、実証実験を開始しています。歩導くんも同法人の紹介により知っていただくことになりました。
以前より、障害のある方も来館しやすいよう努めてきた同館。車椅子の貸し出し、シャトルバスのノンステップバス採用、バス利用事前連絡で乗務員さんによるサポート、園内でお困り方にはスタッフさんによるサポート、学芸員同伴による館内作品の触察。また近隣の特別支援学校の先生と擦り合わせの上、生徒さんが楽しめる活動を用意して年に数回お迎えしたりもしています。このようにもともと下地はありました。そこに加えて、今秋予定の展覧会がハード面の強化を後押しする形になった、ということでしょうか。
なお、ナビレンズは視覚障害の方以外にも便利なツールとなっています。ここからレストランに行きたい、というときの園内での移動に役立つナビゲート機能。さらに文字情報による細かな説明が可能で、日本語以外でも約33言語での翻訳対応も可能です。画像リンクを使用して聴覚障害の方への手話動画なども用意することができます。(ただし、施設側の登録作業が必要であり、現時点でヴァンジ彫刻庭園美術館の対応はナビゲート機能まで。)
着々と進む環境整備。それでも岡野さんが理想とする完成形まではもう一息。屋外には、ナビレンズだけでは誘導しづらく、歩導くんの設置も難しいエリアがあります。ですが、ここに至るまでもあらゆる工夫で乗り越えてきました。白杖で感知できるよう地面に溝を掘ったり、足元に仮の柵を設置したり、芝生との境目を進むよう経路を設定したり。まだ課題の残っているエリアもきっと解決策を見つけられることでしょう。
単なる表面上のバリアフリー対応ではない、本気の取り組み。その背景には、そこに携わる皆さんの美術館や芸術に対する真摯な想いがありました。それを表している言葉を最後にご紹介いたします。
岡野さん「目指すのはユニバーサルミュージアム。障害者の方ってひとりでは来館されないでしょう?と言われることがある。そうだとしても、園内ではご自分のペースでひとりで自由に回れたらきっと嬉しいと思うし私も嬉しい。」
渡川さん「美術館は生きる上で不要という意見や教育現場で美術の時間が減っている現実はあるが、作品や食やお花と出会って、心が揺れ動いたり、世界が広がって、自分自身が変化して豊かになれる。だから生きる上で大事なものと思っている。」
村内さん「どんな方にも来ていただきたい。いろんなものを受け止めて、自分なりの楽しみ方だったり、もし楽しめなかったとしても自分なりの過ごし方を見つけられるような場所でありたい。」